凄腕を呼んでありますぜボス
(とあるビルにある、怪しい事務所の、最深部の一室。
ボスが子分に低い声でたずねる)
ボス 例の、殺しの件なんだが――。
子分 へい。(ニヤリと笑う)
ボス 命じておいたヒットマンは、もう用意できたか?
子分 へへ、すごい奴を呼んでありますぜ。中国から。
そいつ、もうここに来てるんですが――。
あれ? ボスのご要望は……ヒットマン……でしたか?
ボス そうだヒットマンだ。刺客だ。決してやりそこねないやつだ。
子分 あれえ……聞き違いしたなあ。とびきりの凄腕を用意したんですけど、ちょっと違うやつ呼んじゃったなあ――。
ボス 何を呼んだんだ?
子分 ええと……そのぉ……あのぉ……そのぉ……カットマンです。
ボス カットマン?
子分 ほら、卓球で、カットをメインにして勝負する選手ですよ、カットマン。
ボス (机をドシンとたたく) ばかやろう! 殺しをやるってのに、ピンポンの選手呼んでどうするんだ! 短パンはいて、元気走りでトコトコ突入すんのか!
子分 はあ、わたしも話が変だなぁとは思ったんですけど、そのあとボスが、ドライブのほうはわしが手配するっておっしゃったから。
ドライブとカット、両方の達人が合わされば、相手をうまく殺せるのかなあって――。
ボス あほお! 現場までそいつを送る、ドライバーはこっちで手配するって言ったんだろうが!
子分 ドライバーだったのかぁ。だけどそのあと、球と、はじくものは既にボスが用意したっておっしゃいませんでした?
ボス 弾とハジキだろ! おまえ、ラケットのこと、あえて「はじくもの」なんて言うやつがどこの世界にいるんだよ!
子分 すいません。お年なので、とっさにラケットっていう単語が、出てこなかったのかなあと。
でも、ラケットのことですよねなんて、わざわざ言い直したら怒られるだろなって――。(ボスに、気をつかったのにぃ)
ボス うう、ふだんからマヌケなやつだと思ってたが、ここまで懇切丁寧にマヌケとは……。計画がめちゃくちゃだ。
子分 すいません。学生のころずっと卓球やってたもんで、ついそう聞こえちゃって――。一種の職業病です。
でもボス、呼んであるのは並のカットマンじゃありませんぜ。中国のなかでもトップクラスです。あっちじゃ、必殺のカットって呼ばれてるとか――。
うなりをあげて回転する、ものすごいカットを眉間あたりにくらわしたら、相手、死にませんかね?
ボス どんだけ回転させようとピンポン球で人が死ぬかよ! そんなんで死ぬなら、卓球大会でとっくに死人が出てるだろが!
子分 たしかに――野球のビーンボールで亡くなった人はいても、卓球の球で命を落としたって話は聞かないなあ。
ボス 相手だって、自分を殺しにきたやつが、だしぬけにラケットとピンポン球を出したら、もしかしたらピストル出すより仰天するだろ。よほど心臓が弱いやつなら、驚いて死ぬかもしれんが。
そのカットマン、お前わざわざ中国から呼びよせたのか?
子分 ええ、一生遊んでくらせる大金が手に入る仕事があるぞって。
やることは何だと聞くから、内容をいま詳しく言うわけにはいかないが、カットマンとしてのお前を見こんでの仕事で、1日で終わると――。
ボス それじゃ、だれだって大喜びで来るだろ。すごくニコニコしてただろ?
子分 たしかに……人があんなに喜ぶ姿を、私は見たことがありません。
ボス うう、こんな重要な仕事を、お前にまかせたわしが誰よりバカだった。もういい、下がれ。
(ドアを開けて、別の子分が入ってくる)
子分2 あ、お話中でしたか。すいません。
ボス、あっちの部屋にすげえ卓球のうまいやつが来てますぜ。おれら温泉卓球レベルじゃ、とても勝負にならねえ。ボスもやりません?
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