あこがれのスター
(帽子と眼鏡とマスクをつけた人物が、ブティックでアクセサリーを見ている。
通りがかった若い女の子が、その背中をちらりと見たあと、立ち止まる)
若い女 あれっ? あれれ――うわわわわあ。
お忍びで、ものすごく変装してるけど、須多田ヒカルさんですよね。
須多田 ……(しぶしぶ)そうですけど。
若い女 うわあ、やっぱり――。わたし、須多田さんの大ファンなんです。CD全部、6枚ずつ持ってるくらい。あ、テトリスもやってます。それから父は富士稽古さんの大ファンだったんですよ。一族で、一族のファンです。
須多田 ……それはどうも。
若い女 ひょえー、うちのすぐ近くで、こんなふうにばったり会えるなんて。
(決意したように一歩あゆみ寄る)
ヒカルさん――サインしてあげます。
須多田 えっ? サインを……してくれるの?
若い女 ええ、子供のころから母に、相手に自分がしてほしいことを求めるんじゃなくて、自分がしてほしいことを、相手にしてあげなさいって言われてるんです。
だから、サインしてあげます。
須多田 ああそう、そりゃ――まあいいか。
若い女 ペンはちょうど持ってます。服がいいですか?
須多田 服はちょっと――。
若い女 紙、何かあります?
須多田 紙は、さっきもらった、コンタクトレンズのチラシくらいしかないんだけど。
若い女 いいです、いいです。あ、裏、ここ書けますね。
実は、わたしも名前、ひかるって言うんです。天然ひかるって言います。
須多田 苗字が、てんねんさん?
若い女 ええ、字は、天然資源の「天然」です。
(サラサラサラ)
このあたりが「然」の字です。須多田ヒカルさん江って、ちゃんと書いておきましたよ。名前が同じだと、何だか、親戚に手紙を出してるみたい。ちがうか。
それじゃ、あと、歌を歌ってあげますね。須多田さんの歌でいつも元気をもらってるから、おかえしです。
(ファーストシングルの「マニュアル」をフルコーラス歌う)
若い女 もっと聞きたいですか?
須多田 いえそのくらいで。たぶん、だれより私がいちばん回数聞いてる曲なんで――。
若い女 じゃ、やめます。
それじゃ、これからもがんばってくださいね。
最後、握手お願します――ええと、してあげます。(念入りに握手する)
友だちに、須多田さんにサインしちゃったって自慢しよっと。さよならあ。
(あっという間に消える)
須多田 ……ありゃ、まさしく天然だわ。台風みたい。
一族、ああなんだろか。
このチラシ、どうしよう。
うちに飾っとこうかな。これは私の大ファンのサインです、なんちゃって。
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