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次第にウナギのごとく

(薬屋に、女性客が入ってくる)

店員 いらっしゃいませ。
 すいません、便秘の薬もらえます? 鬼のように効くのがほしいんだけど。
店員 だいぶ、状態お悪いんですか?
 ええ。まあ、あんまり薬ばかり頼りたくないんだけど、しかたがなくて。
店員 お客さん、そういうことでしたら、今度、すごくいいものが入ったんですよ。お薬じゃあなくて、ビデオなんですけど。
 ビデオ? 腸を刺激する体操か何かですか?
店員 いや、腸に、もっとダイレクトに働きかけるもんなんです。
 たとえば、テレビの料理番組なんか見てると、出演者がジュージューいってる焼き肉を食べたり、おいしそうなケーキをほおばったりする場面で、自分の胃がぐうぐう鳴ることがあるでしょ?
 胃腸は、からだの一部ですけど、精神的なものにすごくダイレクトに動かされるわけですよ。
 まあ、便秘じたい、けっこう精神的なものに関係してるわよね。
店員 そこでですね、同じように視覚的なイメージを最大限に利用して、内臓に働きかけようというのがこのビデオなんです。

(パッケージされたディスクを取り出し、客に見せる)

 「つらいあなたを救う快便洗脳ビデオ」――なんか、すごいタイトルね。
店員 あえて、洗脳っていう過激な言葉を使ったんだと思うんですけどね。
 徹底的な情報インプットに長時間さらされると、コロッと洗脳されちゃうのが人間の危ないとこですけど、それを逆に治療に活かしているわけです。
 このビデオには、気持ちのいいお通じを連想せずにおれない映像が、これでもか、これでもかというくらい入ってるんです。
 汚いシーンが出てくるのは嫌ねえ。
店員 いや、連想を誘うというだけで、それ自体は何でもない映像ばかりなんです。
 たとえば、水底の土の中から、ウナギがぬるりと出てくる場面が、10回くらいたて続けに現れたりします。
 あるいは、農家の人がダイコンを次々に、鮮やかに抜いていく映像だとか、たくさんのサツマイモを大袋からドサッと地面に出すとことか、縦長のサケ缶から、すぽんすぽんと中身を出しまくるとことか――。
 ……。
店員 そういう、ある共通性をもった映像が、やたらめったら続くんです。
 これを、毎日、繰り返しながめていただきますと、お客さんの腸が、ああ、自分が生きている世界の本質はこのようなものだったのか、自分のこれまでの生き方は完全にまちがっていた、今日から心を入れ替えねば、と思うわけですよ。
 腸って、少しは脳みそあるんですか?
店員 無いからこそ、難しいこと考えずに、単純にリアクションするわけです。
 はあ。
店員 食べ物の映像見て、胃が勝手にぐうぐう鳴るのと同じように、腸がごろごろ動き出して、それからはもうあなた、すぽんすぽん、イヤというほどお尻が新幹線開通しちゃいます。
 ほんとですかあ?
店員 ええ、「すいません、もうこれ以上、ダイコンありません」「ウナギ、潜んでません」っていうくらい、ダダダダダって出ちゃいますから。
 人によって効きすぎる場合があるんで、ビデオに下痢止めを付けて売った方がいいんじゃないかと思うほどです。
 ふうん。ためしに見てみようかな。

(パッケージの裏を見る)

 「ウナギを、腸はけっして握り止められない」――裏側にも、異常なコピーが書いてあるなあ。
店員 このビデオには、オーディオCDもおまけで付いてましてね。これは映像に加えて、就寝時なんかに、言葉でも心身に働きかけようというものなんです。
 「けさもまた、つるりと出ちゃったなあ」とか、「食べるそばから次々出ちゃってどうすんだよぉ」なんて言葉を、舞台俳優が、すごく実感のこもった声で吹き込んでるんです。
 この人たちですよ。

(パッケージの裏を指さす)

 あ、有名な人ばっかりだ。
店員 やっぱり、聴き手の心を揺さぶるのに長けた人たちじゃないとね。みなさん、むかし便秘のお悩みがあったのが、このビデオで改善したんで、ボランティアで出演したそうです。
 この音声を、寝るときに、スピーカーかイヤホンでエンドレス再生しときますと、翌朝、もうがまんできなくなって起きちゃうことがしばしばだとか。
 そんな言葉、一晩中聞いてたら、人格変わっちゃいそうだけど。
店員 すっきり出る人格に、実際に変わるわけです。タイトル通り、洗脳グッズですから。
 あそう。
 そんなにお値段も高くないのね。
店員 制作費がかさむような映像じゃ、どう考えてもないですからね。ダイコンとか、サツマイモとか。
 じゃあ一つください。
店員 毎度ありがとうございます。下痢止めはいいですか?
 まだそこまで、上級者じゃないので。

(店を出る)

 まさか薬屋で、お客さん、すごくいいビデオ入りましたよって言われるとは思わなかったわね。
 まあ、ちょっとでも効いたらもうけもんだヮ。(いわゆる怪しいビデオより、さらに怪しいビデオだけど――)

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