花子よ、あれが街の灯だ
男 駅員さん、改札がせまくて、うちの花子が通れないんだけど、どっか別に入れるとこないだろか? 切符はもう買ったんだけど。
6歳だと、もう切符いるよね?
駅員 6歳……が、せまくて改札を通れない? 何のこっちゃ。
わわっ、花子ってあなた、おっきな牛じゃないですか!
男 牛の花子だぁ。
押上駅まで行きたいんだよ。東京スカイツリーの展望デッキから、花子に街の夜景を見せてやりたくて。展望デッキの入場券はもう予約購入してあんだ。
駅員 牛は地下鉄に入れませんて! そもそも、よくここまで降りて来れましたねえ? (というか、そもそもなぜ牛がいるんだ?)
男 ここまで降りるのも、たいへんだったんだよぉ。地上の降り口の横に、吉野家があるもんだから、花子がおびえちゃって。
あの口へ入ったら、出口は吉野家になると思っちゃったのかなあ。あははは。
駅員 あはははじゃないですよ。とにかく、牛は地下鉄、利用できません。ほら、皆さんビビってるから早く上に戻ってくださいよ。
男 ええ? でも、地下鉄の利用規則は、いちおう確認してきたんだけど……。
駅員 いったいどこを読んだんですか? ケースに入れた小動物なんかだったら、まあ認めてますけども。
(書類を取り出す)
駅員 ほら、規則見てください。「車内に持ち込めないもの:動物」って書いてあるでしょ。
男 持ち込みとは、ぜんぜんちがうよぉ。この子はひとりでちゃんと入って行くんだから――子供が入場するのとまったくおんなじじゃないか! 子供の入場を、子供持ち込みとは呼ばんだろ。
花子は6歳だから、ちゃんと子供切符を買ったんだ。人間の子供限定だなんて、どこにも書いてなかったぞ。
ほら、自分で切符くわえて、改札のとこに入れようとしてるだろ? 練習してきたんだよ。
(牛に) 花子、まだ入れなくていいぞ。
駅員 動物が自分で切符入れて入ってくる場合なんて、だれが想定して禁止しますか! そんなこと明記したら笑われますよ。
それに、ここ読んでください。「臭気を発するもの」もお断りって書いてあるでしょ。牛なんかが電車に入ったら、臭くて、周りのお客さんから苦情が出ますよ。
男 何いってんだ、花子はいつも洗ってやってるから、ぜんぜん臭くないぞお。
だいたい、これが禁止なんだったら、なぜ地下鉄は酒臭いおっさんにあふれてるんだぁ? あれこそまさに「臭気を発するもの」じゃないのか?
酔って、からんだり、暴力までふるうおっさんなんて、ここに書いてある「他の乗客に危害を及ぼす恐れのあるもの」にも当てはまるだろ?
規則でダメって書いてあることがOKで、規則に無いことが禁じられるんじゃ、何を信用したらいいんだぁ?
駅員 しかたないんですよ、人間の場合は。地下鉄はもともと、人間を運ぶためのもんなんだから。(乗せたくない客、たしかにいっぱいいるけど――)
男 それじゃさあ、わしが花子の背中にまたがって、花子のほうがわしを持ち込むってのはどう? 持ち込むのが花子で、持ち込まれるのが、わし。
人間の持ち込みまで禁じたら、もう交通機関じゃないぞぉ。(足を踏み鳴らす)
駅員 ダメです。牛は絶対にダメ。早く上に上がってください。牛丼屋がない地上口を、お教えしますから。
男 ひどいよ。東京スカイツリーのホームページ見たら、ご来場の際は電車、バスなどの公共交通機関をご利用くださいって書いてあったから、でっかい車を借りるのやめて、地下鉄にしたんじゃないか。
ここじゃ、何も信用できないのかよ?
駅員 規則や案内が悪いんじゃなくて、牛が想定外なんですって!
だいたい、苦労していろんなもの見せたって、牛じゃ全然わかんないですよ。
男 そんなことないぞ! 花子はいろんなもん、ちゃんと見分けて心を動かすんだ。
花子はガンダムが大好きだから、きのうお台場で巨大ガンダム像を見せたんだけど、あれが首を動かしてミストを噴射するとこ見て、ぽろぽろ涙を流してたんだよ。
興奮で、きのうの夜はなかなか寝つかなかったんだぞ。
駅員 (まだ6歳で、しかも牛だというのに、オレと同じガンダムファンなのか! 急に親しみが湧いてきたなぁ。そういえば利口そうな目をしてるぞ。オレの自慢のフィギュア・コレクションを見せたらどんな反応を……。いや、いかんいかん)
とにかく、このお子さんが地下鉄を利用することは無理なんです。
だいたい、スカイツリーまで何とか行けたって、エレベーターに乗せてくれませんよ。ここと同じように。
男 あそこのエレベーター、40人乗りか何かで、えらく大きいんだろ?
ものすごく高いタワーの上から、きらきら光る都会の夜景を見わたした牛って、古今東西、一頭もいないと思うんだ。そういう価値を斟酌して、特別に乗せてくれないだろか?
エレベーターから出て、そんな光景をだしぬけに目にしたら、花子はもしかして、牛でない何かになるかも――。
駅員 乗せてくれないと思いますよぉ。(夜景にどんな反応を示すか、見てみたい気はするけど)
もっとも、展望デッキのレストランでステーキ出してますから、エレベーターに毎日、牛が乗って上がってるのも事実なんですが――。
男 またそんな、花子が恐がるようなことを言う。
しかたないなあ、花子。どっかでうまいもん食べて、今日はホテルに帰ることにするか。(あ、話が長いから、切符食べちゃったよ)
またインド料理店に行こうか。あそこなら優しいから。
いつか、アメリカで飛行機でも借りて、ニューヨークの夜景を見せてやっからな。ごめんな。
花子 モ~
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