飲み屋で星が出た話
(とある下町の飲み屋。大柄な男がテーブル席で一人で飲んでいる)
男A おーい、酒おそいぞ、ウォツカの大ジョッキ二つまだかあ。
店員 はーい、もう少々お待ちください。
…………
おまたせしましたお客さん。
男A これ、上のほう泡ばっかじゃねえのか?
店員 割ってない純ウォツカだから、泡なんか出ませんよ。火をつければ、つきそうなくらいなんですから。
男A そうか、ほろ酔いで、オレの目がおかしくなってんのかな? がははははは。
店員 では、空の大ジョッキ二つ、おさげします。おつまみはよろしいですか?
男A こっちのジョッキを飲みながら、こっちのジョッキをつまみにしてんじゃねえか。いらねえよ。
店員 失礼いたしました。
男A もう次のジョッキ入れ始めとけよ! すぐ飲んじゃうんだから。
ぐびぐび。うーい。課長、部長、社長、みんなばかやろう! この店もばかやろう!
酒ってやつは、飲むほどに味がだんだん薄くなるのがけしからん。
男B たいへんお怒りのところ失礼します。おめでとうございます。
先ほどからあちらで拝見していましたが、あなたの酔いっぷり、三つ星と認定いたします。
男A なんだお前は、やぶからぼうに。
男B フランスから来たものでして、たちの悪い酔っぱらいを調べて一つから三つまでの星をつけている覆面審査者です。(名刺を渡す) 見・酒乱と申します。
パリの酔っぱらいこそ一番だと思っていたのですが、日本人の酒ぐせの悪さも負けてませんなあ。この分だと、東京で出す星の数はパリを抜くかもしれません。
写真を1枚よろしいですか?
男A 撮ってどうするんだ? ぐびぐび。
男B あなたの写真や、乱れ方の特徴なんかが、当社のガイドブックに載ります。
いつもお飲みになって、くだをまいておられるだいたいの場所を教えてくれませんか。見つけやすいように。
男A ガイドブックを買ったやつが、おれを見に来るのか? ぐびぐび。
男B 見物者が、よく酒代を出してくれたりするみたいですよ。三つ星ぶりが見たくて。
男A そうか、それはいいな。じゃあ撮っていいぞ。ぐびぐび。
男B では、なるべく大トラふうに。
男A ふがあ。
男B あ、いいですねえ。すごく人間離れしてる。パチリ。パチリ。
店員 店長、店長。
店長 何だ?
店員 横を通るとき、ちらりと耳に入ったんですが、あそこのお客さん、名刺を出しながら、三つ星に認定するとか、自分は覆面審査者だとか言ってましたよ。
店長 何だって? もしかすると、ミシュランの調査員てやつか。
あ、たしかに、他の客を写すふりをして、店内の様子を撮影してるな。ほんものくさいぞ。あんな酔っぱらいの写真なんか要るわけないだろし。
そうかあ、そんなに気のきいた料理を出してるわけじゃないんだが、オレにも運が回ってきたかな。
下町の気さくな三つ星シェフ山下さん、なんちゃって。どっかの雑誌が取材にくるかな。
(10秒くらい妄想にひたる)
おい、あのお客さんの次のオーダーは何だ?
店員 ええと、鳥の唐揚げですね。
店長 鳥唐か。よし、奥の冷蔵庫にいい肉が買ってあるから、安いのじゃなくてあっちを使おう。
料理お出しするときは笑顔だぞ。ナチュラルにな。
あ、そのお客さんだけじゃなく、周りのお客さんにも、いつもより少し丁寧に接するようにしろよ。
店員 わかりました。(三つ星になったりしたら、ボクの給料もぐっと上がるだろか?)
店長 まったく、世のなか何が突然やってくるかわからんもんだなあ。
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